第4回 竹田 英雄氏

Last updated 2009-06-04

Universal Design Network Japan

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現場からの便り

第4回 竹田 英雄氏

takeda2.jpg竹田英雄氏
「アクセシブルWebのセカンドステージ」

常識になりつつあるアクセシブルWeb

 ここ最近になってアクセシブルWebに対する考え方が変わってきたようだ。書店に並ぶWebクリエーター向けの雑誌などでもアクセシブルWebに関する特集や連載記事が見受けられるようになってきた。また無料で配られている初心者向けホームページ作成のメールマガジンなどでも当たり前のようにアクセシブルを意識した形で内容が書かれはじめた。
 アクセシブルなWebへのガイドラインも探せばあちらこちらで見受けられるようになったため、勉強もしやすい環境が揃ってきたためではないかと思う。
またこれらに関する日本語対応のチェックツールやセミナーの類もいくつか登場してきたし、お昼時の一般向けテレビ番組ですら「アクセシブル」という単語が出てくる時代である。
 これは大いに歓迎する事で喜ばしいことなのだが、諸手を挙げて喜べるかと言うと実はそうでもない。

誤解されているアクセシブルWeb

 基本的に作成する側は読んでもらいたいと思っているはずなのだからこの流れは当然の結果と言えるだろうが、中には明らかに解釈を間違えて覚えているケースも見受けられる。恐らく、ちゃんと検証していないせいもあるのだろうが、各種アクセシブルWebガイドラインが何のため存在するのかをきちんと理解していない可能性も捨てきれない。
 例えば「画像にはALTを入れる」というガイドラインは広く一般的に広がっているが、入れる内容にまでちゃんと神経を使っているかどうかは定かではない。ひどい所では全ページすべて同じテキストが入っているという事がある。これは「何のためにALTを入れるのか」という一番大事な事を理解していないからだと思われる。ガイドラインをきちんと読めば判る事なのだが「手法」ばかりを機械的に習得しているだけでは「何のために」が理解できない。「何のために」は「誰のために」と言い換える事ができる。
 いくらツールを使って機械的に合格点をもらったとしても、それはあくまでも「文法上」正しいと言うだけであって、それがちゃんと相手に伝わるものになっているかは別の次元の話である。逆に文法上、少々間違いがあっても内容が伝わればよいという場合もある。もちろん、正しい文法で書くと言うのは至極大事な事である。そうでなければ各種ブラウザに異常をきたしてしまう事だってあるのだから、できれば正しい文法でHTMLを記述するべきだ。正しく書かれているかどうかはチェックツールでいくらでも検証可能なのだからフル活用して欲しい。少なくとも現時点で市販のWebオーサリングツールが吐き出すソースはどれもまったくアクセシブルになっていないのだから、何かしらのチェックはしておく必要があるだろう。しかし、正しい文法で書かれていると言うのは「大前提」であり、だからアクセシブルなのだ、とは言えないのだ。

正しいアクセシブルWebへのアプローチ

 まだまだアクセシブルなWebが普及したとは断言できないが、広まっていくのは時間の問題だ。いずれは市販のWebオーサリングツールであっても、ある程度はアクセシブルなソースを吐き出す時代が来るだろう。少なくとも今よりも文法的に正しいソースを吐き出すようにはなるだろう。だからと言って、それでいいという事にはならない。
 ホームページを読む側があくまでも人である限り、あるレベルまで機械的に処理できたとしても、最終的には人のチェックを通さないとアクセシブルなWebかどうかは判らないのだ。

アクセシブルWebの次なるステージ

 最近のホームページはいろいろな技術を用いていろいろな事ができるようになっている。しかも、それらは何かと楽しくて、使ってみたくなるものが多い。
 当然、新しければそれらに対するガイドラインもないし、大抵音声ブラウザなどには対応していない。仮に対応策があったとしても、実現手順が面倒だったり難しかったりすればどうしても敬遠がちになるだろう。ソフトウェア産業界全体がアクセシビリティの重要性を理解して何とかしないといけない時代が来ている。